カーテンコール3


琥珀色のコスモス

聖・セラミカ : 戦いを終えて、温室へと帰還した二人。

キャンドルの火はいつしか消えていた。暗闇の中、花たちも眠っているかのようだ。

聖・セラミカ : 「また一人、ロアテラの力に呑まれた哀れな者を救済することができました。あなたも見てくれていましたね。わたくしのすぐそばで」 

聖・セラミカ : 「…ありがとう、リーゼロッテ」 

リーゼロッテ : 「はい、拝見しておりました。さすがセラミカ様、素晴らしい立ち振る舞いでした」 

リーゼロッテ : 「いえ、……こちらこそ、ありがとうございます。……。流星群を見る準備を、いたしましょうか」 

リーゼロッテ : 戦いも無事に終わり、晴れて流星群を二人で見られる――というのに。

リーゼロッテの口数は普段より少なく、声音もやや硬かった。

ただ、行動はいつも通りてきぱきと。温室内にあるガーデンテーブルを、外へと運ぼうとする。 

聖・セラミカ : この温室は立地条件がよろしくないために人が寄り付かず、二人の秘密の場所となっていた。

しかし、アクセスが悪い分、空を見上げるのにはうってつけの場所でもあった。 

聖・セラミカ : そのため、テーブルや椅子を外へ持ち出すだけで―――あら不思議、立派な流星群見物席が出来上がるのである。 

聖・セラミカ : 戦いの前と同じように、二人、並んで座る。 

やはりこういったものを見るのなら、戦場で戦いながらよりも、テーブルと椅子があったほうがいい。 

聖・セラミカ : 「ねえ、リーゼロッテ。あの舞台で見たよりも、ずっと綺麗で………あら?」

しかし、ふと横を見ると。なんだか浮かない顔をしているようだった。 

聖・セラミカ : 疲れているのだろうか、それとも?

聖は、彼女の眼を覗き込む。 

リーゼロッテ : 見物席が完成して、椅子に腰を下ろした後も、なんだか上の空でいた。 

だから、聖の顔が傍に迫るのに気づけなかった。 

リーゼロッテ : 思わず、少しだけ距離を取ってしまう。

「――……………! も、申し訳ありません、セラミカ様。少し、……ぼんやりしていました」 

聖・セラミカ : 「初めてのエクリプス戦で、疲れがたまりましたか? それとも――」 

聖・セラミカ : 「やはり、お茶会に殿方を招くのは……よくないことだったでしょうか?」 

リーゼロッテの表情を窺うように、聖は言った。 

ゼデキアに一緒にお茶をしようと誘った件のことだ。 

リーゼロッテ : 「いえ、そんな!」否定をしながらも、大声をあげてしまった。

図星を刺された、と白状するかのように。――いや、正確には少し違うのだけれど。 

リーゼロッテ : 「……。いえ。セラミカ様の御厚意は、素晴らしいものだと思っております。彼の気持ちがそれで安らぐのならば、……救済に繋がるのであれば、招くべきであるとも。ただ……」 

リーゼロッテ : 己の抱いている、このもやもやとしたものが、何なのか。自分でも判然としない。だから、続く言葉を紡ぐには、少し時間がかかった。 

リーゼロッテ : 「ただ、……私は。その。殿方だから嫌だ、というわけではなく。……私たちの、お茶会に、……。……他の方が立ち入ることを、いやだ、と思ってしまった。のかも、しれません」 

リーゼロッテ : 懺悔をするように、両の手を合わせる。

「……申し訳ありません」 

聖・セラミカ : 「まあ……」 

聖・セラミカ : 「そう…だったのですね。リーゼロッテ」

あなたの中で、この場所は。

二人の秘密のお茶会は、そんなにも。特別なものになっていたのかと。 

聖・セラミカ : ゼデキアを招くことができない、ちょっとばかりの残念さと。

それ以上の驚きと、

さらにそれを凌駕する喜びの気持ちが、聖の胸の中であふれる。 

聖・セラミカ : 「ごめんなさい、リーゼロッテ。わたくしは無神経でした。あなたにとってそれほどまでに大切な…特別な場所になっていることに思い至らなかった」 

聖・セラミカ : 「どうか許してください。

 ……そして、わたくしにとってもここはあなたとの大切な場所であることを、信じてくれますか?」 

リーゼロッテ : 許しを請う罪人のように、或いは、判決を待つ被疑者のように、合わせた手を固く握り、聖の言葉を待っていた。

だから、彼女の口から紡がれた謝罪には驚き、首を振った。 

リーゼロッテ : 「謝罪など、なさらないでください。……私が身の程を弁えず、欲張りになっていただけなのです」 

リーゼロッテ : 「許す、など……滅相もありません」

そこまで言って、後に続く問いかけに、押し黙る。 

リーゼロッテ : 疑ったから、ではない。

嬉しかったから、だ。

この人形の表情には表れてくれなくても――きっと、それは声音に表れた。 

リーゼロッテ : 「勿論です、セラミカ様。貴女の総てを、私は信じているのですから。……でも。それでも。そうして、口にしてくださったことに、喜びを感じます」 

聖・セラミカ : 「ありがとう、リーゼロッテ。わたくしも、今、とても喜びを感じているのです」 

聖・セラミカ : 「あなたが、欲張りになっていることが…とても嬉しいの。けれど……」 

聖・セラミカ : 「もしよければ。わたくしも、ひとつだけ……あなたにわがままを言ってもいいかしら?」 

リーゼロッテ : 「……セラミカ様も?」戸惑いを含む声音。けれど、その理由を問う前に、彼女から問いかけられたなら。 

リーゼロッテ : 「はい、ひとつと言わず、なんなりと」そう答えるのに、迷いはない。 

聖・セラミカ : 「リーゼロッテ、あなたは今こう言いましたね。『私が身の程を弁えず』……と」 

聖・セラミカ : 「あなたがわたくしのメイドか付き人のように振舞いたがっていることは知っています。だから、今から言うことはわたくしの、ただの、一方的な……わがままです」 

聖・セラミカ : 「お友達に、なっていただけませんか。――わたくしと」 

聖・セラミカ : 少しだけ、声が震えていた。 

リーゼロッテ : 「……! ですが、……………」 

リーゼロッテ : 咄嗟に、否定の言葉を紡ごうとして。聖の声が、震えていることに気づく。 

リーゼロッテ : いつも己の前では凛として、どのようなことにも迷わず突き進む、己にとっては全能の存在のようにも思える彼女が。

だから、それは――とても、大事なことなのだと、理解できた。 

リーゼロッテ : 「……………」

沈黙は、短かったか、長かったか。

永遠にも思えたかもしれない。 

リーゼロッテ : 「……私でよければ、……いえ。私も。貴女と、お友達になりたいです。……貴女と、並べるようになりたい」

まだ、丁寧語は抜けない。それでも、声音は柔らかく、応じた。 

聖・セラミカ : 彼女の返答を聞いて、伏せていた目をそちらへ向ける。 

聖・セラミカ : 返答にほっとしたような、喜びを隠せないような……聖のその表情は聖女というよりも、どこにでもいる少女のようだった。 

聖・セラミカ : 「ありがとう。……ありがとう」

思わず、友人の手を取る。 

聖・セラミカ : 「わたくしのことは…もしよければ、どうか『聖』と。

そう、それから……そうね、あなたを家に招きたいわ。それから…」 

聖・セラミカ : 考えるよりもどんどんやりたいことが溢れ出す。

―――友達なんて、今初めてできたばかりだったから。 

リーゼロッテ : 初めて見る聖の表情に、述べられる感謝に、上手く言葉を返せない。

戸惑いと、嬉しさと、それらが入り混じってしまうものだから。 

リーゼロッテ : リーゼロッテの手は、人形の、作りものの手だ。

それは人間の手とは異なる硬さと冷たさを感じさせるだろう。

だから、星の騎士へと変じるときに手を合わるたことはあっても、それ以外は極力触れないようにしていた。

けれど、今、こうして触れるのは。

彼女のぬくもりを感じるのは、特別なことのように思えて、離し難かった。 

リーゼロッテ : 「はい、聖様。……あ。いえ、……聖さ……ん?」

「お家に、ですか? それは……いいのでしょうか。とても嬉しいで、嬉しいけれど――」 

リーゼロッテ : 今すぐに態度を変えることは難しい。けれど、いずれは馴染んでいくのだろう。何せ、彼女は運命のパートナー。これからもずっと、共に過ごすのだから。 

聖・セラミカ : 流星群が、空を覆わんばかりに降り注ぐ。

流れては消え、消えては流れる星たちが照らし出すのは、聖女と従者ではなく。 

聖・セラミカ : たった今お友達になったばかりの、二人の少女だった。 

聖・セラミカ : 夜が明ければ、きっとまた彼女たちは聖女として困っている人を救済するだろう。

けれど、放課後が過ぎればまた少女の顔に戻って二人きりのお茶会を楽しむ。 

聖・セラミカ : いつか願いを叶え、きらめく世界を手にするその時まで。 

 

 

-fin-

 


希望のブリンガー:聖・セラミカ


絶望のシース:リーゼロッテ


琥珀ペア、おつかれさまでした💐