聖・セラミカ
:夜の温室―――咲き乱れる花々、ガーデンテーブルのティーセット、並んで座る二人。
:それらを、キャンドルの優しい明かりが照らし出していた。
:ステラバトルの日だからといって、救済の手に抜かりはない。
:今日の放課後の救済活動をしっかりと終え、二人はここにいた。
「今日はよき日です。救いを受け入れてくださる方もいらっしゃいました」
:聖はそう言って微笑む。
:……そう。聖女は、なにも全ての生徒に恐れられているわけではない。
:マジのマジに困っている人は、藁にも縋る思いで彼女らを頼ることもあるのである。
:そして彼女たちは救済に情熱を持って取り組むので、実際助けになったりするものだ。
リーゼロッテ
:先日聖に言われてからというもの、リーゼロッテはお茶会の折には彼女の隣に腰を下ろすことにしていた。まだ慣れないものだから、少々落ち着きがなくなってしまうのだけれど、それくらいは見過ごしてくれるだろう。
「はい、大変物分かりの良い方でした。それに、とても感謝していましたね」
聖・セラミカ
「わたくしたちは、感謝されるために救うわけではありませんが。しかし、やはり感謝していただけるのは喜ばしいことですね」
リーゼロッテ
「全ての方があのようであればよいのですが。まだまだ、セラミカ様の手を煩わせる方々が多く、悲しいことです。……いえ、そのようなことを言うのは無粋でしたね」
聖・セラミカ
「未だ救済の手から逃げ出す生徒も多いですが…いずれは彼らも救い出してさしあげたいものです」 (絶対に。絶・対・に。)
リーゼロッテ
「理解のない人々にも救いの手を差し伸べようとする……さすがはセラミカ様です」
「セラミカ様、本日もお疲れさまでした……と申し上げるには早いですね」
聖・セラミカ
「……ええ。今日はもう遅いですが、これからまた……哀れな者たちを救済に向かわねばなりません。ついてきていただけますね、リーゼロッテ」
リーゼロッテ
「はい、勿論です。彼らもセラミカ様の救いを待っているに違いありません」カップを置いて、力強く頷く。
聖・セラミカ
「ありがとう、リーゼロッテ。あなたがいてくれるから、わたくしの進む道が誤りではないと確信できます」
リーゼロッテ
「……勿体ないお言葉です、セラミカ様。貴女の道が、間違いでなどあるはずがございません。けれど、私がいることで確信に至れるというのなら、私はどこまでもお供いたします。貴女の往く道を共に歩ませてください」
聖・セラミカ
「進みましょう。わたくしたちの救済の道を。救済を求める者の待つ、あの美しい戦場へと……」
:そっと、手を重ねる。
:お互いの祈りを確かめ合うように。
リーゼロッテ
「はい。参りましょう」手を重ねる。そっと、大切なものに触れるように。
聖・セラミカ
:静かに目を閉じ、頷く。
『全ての人を救いましょう』
リーゼロッテ
『私達の手で救いましょう』
聖・セラミカ&リーゼロッテ
『世界があるべき姿でありますように――』
聖・セラミカ
:二人の声が、祈りの言葉が、重なる。
:そして、リーゼロッテは煌めく白い光となり、聖を包み込む。
:目を閉じたままの聖を、リーゼロッテがふわりと包む。
:いかにも聖女を思わせる純白のロングドレスが、ほの暗い温室で輝く。
:まるで天使の翼のようにはためく長い裾は、その見た目に反して軽やかに。
:そして透き通った大きな宝石が先端を飾る杖を取り、聖はエクリプスを救う聖女となる。
「わたくしの――わたくしたちの手で、救って差し上げましょう。ええ……絶対に」
エクサル
:フィロソフィア大学の敷地内。
:その外れにある人気のない静かな森を、エクサルとセレニティスは歩いていた。
:暗くなり始めた空。本日は、流星群に相応しい晴天。木々の合間から月明かりが差し込むおかげで、森の中は夜でも明るいだろう。
:半透明な羽を持つ、神秘的な容姿をしたセレニティスの姿も相まって、幻想的ですらある。
:しかし、傍らにいるエクサルが白衣を羽織ったいかにも研究者の風体であり、セレニティスの手首には被検体の証である認識票が揺れていることが、少しの異質さを醸し出す。
:ついでに言えば、エクサルは普段通りの仏頂面で、周りも見ずに目的地に向かって真っすぐ進んでおり、風情の欠片もなかった。
「……この辺りでいいだろう」
:暫く歩いたところで、エクサルは立ち止まる。
:森の一部が開けており、円形の広場のようになっている。椅子の代わりなのだろう、中央には切り株もあった。ここでなら星もよく見えることだろう。
セレニティス
:久し振りの森。自然。草木の香り。
:森で生まれ育ったセレニティスは、心底嬉しそうにエクサルに寄り添って歩いていた。ときおり、その半透明な羽根をはためかせたりしながら。
:そうして辿り着いたこの場所で。開けた木々の合間から、彼女は夜空を見上げる。
「やっぱり、エクサルが一緒で良かった」
エクサル
「まだ、流星群には少し早いか。……急にどうした」セレニティスに目を向ける。
セレニティス
「森の静けさも。葉が揺れる音も。花の香りも、全部…これまでより、ずっと“綺麗”よ。あなたが側にいるから…そう感じるの」
エクサル
「久しぶりだから、そう感じるのだろう。……その口ぶりからして、普段より体調は良さそうだ。検査結果も問題なかった」
「……。流星群と言えば、星が落ちるとき、願い事をするという慣習がある。お前なら、そういうのは好むのではないか」指先で空をなぞり、流れ星が落ちるのを真似て軌跡を描く。
セレニティス
「へぇ~! この世界にはそんな風習があるのね」彼がなぞる空の輪郭を見て、感嘆の声を零す。
「う~ん……けれど、今は流れ星にお願い事をしたい気分ではないかしら」
エクサル
「そうか」短い応えは、意外そうな響きを帯びた。
セレニティス
:セレニティスの左手が、指が、そっとエクサルの頬に触れる。
:手首につけた金属製の枷が、ちりんと鳴った。
「だって、今夜はあなたとわたしの願いを叶えるための日だもの。……流れ星ではなくて。あなたと、わたしの手で」優しくほほえむ。
エクサル
:触れる手は、普段ならば拒んだかもしれない。
:しかし、今は戦い前の緊張からか、或いは、枷という重たい存在とは裏腹に澄んだ音色のせいか、その指先が、エクサルに触れる。
:エクサルの視線だけが動き、セレニティスの手首を見、次にその微笑みを見た。
「……お前の言う通りだ。覚悟は、良いか」改めて、彼女の目を見て、問う。
セレニティス
「ええ、もちろん」迷いのないこたえ。
エクサル
「……。お前には緊張だとか、恐怖だとかといったものは無縁そうだな」表情は変わらない、が、漏れる吐息には微かに笑いが混ざっていた。
セレニティス
:ふふふ、と無邪気に笑う。
「怖いの、エクサル? 大丈夫よ、あなたにはわたしがついている。
エクサル
「ない、と言えば嘘になるのだろう。経験がないのは無論、見たことも聞いたこともない、未知に接する折の恐怖というのは、抗いがたいものだ」台詞の割には、淡々と。
セレニティス
「わたしの愛は、あなたを守るわ。必ず、あなたの願いを叶えてみせる」
:そう言って、彼女は自身の胸元に手をあてた。
エクサル
「……理解し難いのは変わらない、が。その言葉、今は信用させてもらおう」
セレニティス
:セレニティスは頷き、ふわりと宙に浮く。
『誓いを此処に』
エクサル
:それに、続く。『偽りに堕ちた世界の終焉を』
セレニティス
:ゆっくりと、言葉を確かめるように。
『輝きに満ちた世界の誕生を』
:セレニティスは浮いたままエクサルの後ろに回り、彼の首元にそっと腕を回す。
:――まるで、愛し子を抱き締めるかのように。
エクサル
:セレニティスの存在を感じながら、目を閉じる。持ち上げた手は、彼女の手に触れる間際で、止まった。そのまま、最後の句を唱える。
『――我らが願いの為に剣を取らん』
セレニティス
:彼女は光の粒子に包まれながら、微笑んだ。
:そうよ、それでいいの。わたしたちの願いを、叶えましょう――。
エクサル
:エクサルの姿はその目映さとは対照的に、ほぼ黒一色へと変化する。インナーとズボン、ロングコート、手袋にロングブーツ、果ては左肩に着けた片マントまですべて黒。コートの合わせ、腕や足に複数のベルトが付いており、それは枷のようでもあった。
:腰に提げた武器――サーベル以外は予め決めていたわけではないが、軍服を彷彿とさせるそのステラドレスは、エクサルの思う「武」の象徴であるのかもしれない。
:それらの衣装の中、胸元のブローチが異彩を放っていた。
:ムーンストーンのあしらわれた繊細な装飾は、エクサルの好みとは異なる。
:つまり。
「……戦いだと言ったろうに。傷ついたらどうする」
:手袋を嵌めた指先で石の表面に触れる。壊れものを扱う手つき。それに応じる彼女は、今は己の身を包む武装となっているのだけれど。
「まあ、いい」
:だから、その表情を見るものも無かったろう。
:不思議と、ここへ来た時よりもずっと、気分は落ち着いていた。初めて戦場に赴くとは思えない程。それが何故かなど、考える必要はない。
:今はただ、前に進むだけだ。願いを、叶えるために。